今から4年前の2013年、突如バズワードのごとく「3Dプリンター」が登場しました。クリス・アンダーソンが「MAKERS:21世紀の産業革命が始まる」を書き記し、モノづくりブームの象徴として、3Dプリンターやドローン等が大きく注目されました。
その後ドローンは堅実に市場の拡大をしていますが、3Dプリンターのその後はどうなったのでしょうか?
実際に2013年に3d-caddata.comのサービスを立ち上げ、約4年間のサービス運営を通じて、3Dプリンター市場の変化を実際にどのように体感したのか?またこの先どのようになっていくと考えているのか?
あの当時の大熱狂から約4年が経過した現在までを独自の視点で、全4部に分けて、多角的に検証/考察していきたいと思います。
- 第一部:公開中「2013年の3Dプリンター狂騒曲」
- 第二部:近日公開予定「重要特許切れで市場が爆発的拡大って言ってたじゃん?」
- 第三部:近日公開予定「家庭用3Dプリンターの理想と現実」
- 第四部:近日公開予定「で、ぶっちゃけどうなるの?家庭用3Dプリンター業界のその後と未来予測」
2013年の3Dプリンター狂騒曲
今から振り返れば、あの3dプリンターブームからもう4年もたったのかと感慨深いものでもありますが、当時の様子を振り返ってみましょう。
なぜ2013年に3Dプリンターブームが起こったのか?
3Dプリンターの技術自体はそれほど新しくて革新的な物ではなく、実は最初の発案者は日本人の小玉秀男氏と言われています。
ではなぜ2013年に大ブームが起こったかというと、現在の家庭用3Dプリンターの造形手法の主流でもある熱溶解積層法(FDM方式)の特許が2009年に切れ、それに合わせて、イギリスの研究者等を中心に3dプリンター開発のオープンソースプロジェクト「Reprapプロジェクト」が立ち上がります。
以降じわじわと技術の進化が進み、RepRapをベースに設計した家庭用の3Dプリンターの製造販売を行うベンチャー企業がいくつか登場し始めます。
このタイミングを見計らって、元美術教師だったブレ・ペティス(Bre・Pettis)がMakerbot Industries社を立ち上げます。
Makerbot社はシードラウンドで知人等から1,000万円程度の資金を調達し事業を開始します。事業が軌道にのりはじめると、2011年の8月にはVCのThe Foundry Groupから約10億円の資金を調達し、一気に事業を拡大して、デスクトッププリンター市場の最注目企業となります。そこに強豪となるStratasys社や3DSystems社等を巻き込んだ家庭用3Dプリンターブームが世界中で一気に広まりました。
多くの家庭用3Dプリンターが登場
2010年から2012年頃まではReprapプロジェクトをベースとしたDIY感のある組み立て式の3Dプリンター等がじわじわと広がり始めていました。そこに2013年に大手3Dプリンターメーカーが、家庭用3Dプリンター市場に参入したことにより一気に市場が拡大し、様々なデスクトップ3Dプリンターが登場しました。中でも特に有名なのが、下記の物です。
- Makerbot Repricator
Makerbot社が製造販売した家庭用3Dプリンターです。当時は組み立て式が多かった中、この商品は最初から完成した形で販売され、そのデザインや価格等から、デスクトップ3Dプリンター界のフェラーリとも言われ、誰もが欲しくなるような非常に商品性の高いプロダクトでした。 - Cube
3Dプリンティング業界大手の3D Systems社が家庭用3Dプリンター市場に参入したのが、このCUBEです。当時は米国内を日産の自動車Cubeに、このCubeを乗せてキャラバンプロモーション等も行っていました。
この2社の3Dプリンターが家庭用3Dプリンター市場をけん引する形で、多くの3Dプリンターが世界中のベンチャーをはじめとした企業から登場しました。
また当時盛り上がり始めていた、IndieGoGoやKickstarter等のクラウドファウンディングサービスにおいても、多くの一般人から出資を募る形で、大小さまざまな企業が3Dプリンターの製造販売に乗り出しました。
オープンソースであるRepRapPJをベースにすることにより、ベンチャー企業であっても、特別に大規模な資金調達をしなくても比較的簡単に参入することが可能であった為、3Dプリンターとクラウドファウンディングは相性が良く、キックスターターから生まれた家庭用3DプリンターのMicroは後に家庭用3Dプリンターのリードカンパニーとなっていきます。
複数のデータ共有サービスがスタート
3Dプリンターというハードウェアの登場と合わせて、その元となるデータを提供したり共有するサービスも多数登場しました。
中でも最も有名なのが、Makerbot社が運営するThingiverseです。当時このサイトを初めて見た時、こんなに素晴らしいデータが誰でも無料で際限無く入手することができると知って、多くの人が感動したものです。このサイトを見て3Dプリンターの購入を決めた人も多くいたはずです。
Makerbot社が提供するThingiverse同様、3Dプリンターメーカーがデータ配信サービスを運営するパタンはいくつもあり、3D Systems社もCubeユーザー向けのデータ配信サイトCubifyを提供していました。
それ以外にもフィギュアやジュエリー等の特定ジャンルに特化したデータ配信サイトや、3Dスキャニングした人体モデルデータを配信するサイト、より複雑なモデリングデータを共有するサイト等、雨後のタケノコのように多くのデータ提供サイトが登場して、市場の盛り上がりを勢いづけました。
上記サイトはいずれもアメリカ等の国外サービスですが、日本国内でも同様のデータ提供サービスが登場し始めます。当サイトの3D CAD DATA.COMもそのようなサービスの中の一つですが、その他にも、テックシェア/モノローグ/3D-P/sharedmesh/model-wave/delmo等の国内サイトが数多く登場します。
また大英博物館やスミソニアン博物館等も、美術館に収蔵している収蔵品の3Dデータを3Dプリンター向けに提供するなど、様々なプレイヤーを巻き込んでデータ配信業界を盛り上がりを見せました。
3Dデータを作る為のオーサリングソフト
3Dプリンターで造形物を出力する上で必要な物は、その元となるオブジェクトデータです。これらのデータを無料で入手することができる共有サイトが数多く登場しますが、またこれらのサイトにデータを投稿している人達は、自ら様々な3Dモデリングのオーサリングソフトを利用してデータを作成します。
中でも有名なのが、下記の3つの3Dソフトです。
- MAYA
元々は米エイリアス システムズ社が開発販売していましたが、2005年10月にオートデスク社に買収されます。ハリウッド等の最先端の映像制作現場で多くのプロユーザーに支持されて使われており、映画の他にもゲームやCM等の映像制作の現場でも使われています。 - Softimage
1986年にカナダのモントリオールでアニメーターのDaniel Langlois氏にてSoftimage社が設立され、その後1994年にマイクロソフトによって吸収合併され、1998年にカナダのAvid社が買収して子会社化。2008年にオートデスク社がAvid社から、Softimage社の全事業を譲り受け買収し現在に至っています。 - 3DS MAX
もともとはアメリカのサンフランシスコにあったKinetix社によって開発されていたが、AutoCad等のCADソフトで有名なオートデスク社が買収して開発販売を行っているハイエンドな3DCGソフトです。
元々はライバル同士であったこれらのソフトは、最終的に3DCAD業界のリーディングカンパニーであるAutodesk社に買収されて、現在はいずれのソフトもAutdesk社が販売しています。
ちなみにAutodesk社を一気に業界のリーディングカンパニーにまで育て上げた社長のキャロル・バーツ氏は、その功績を評価され、アメリカ本国Yahoo!の社長に就任しますが、2年で解雇され、その後2名の短期間の社長交代を経て、2012年にGoogle出身のマリッサ・メイヤーが社長に就任するも、2016年に解雇され、2017年にYahoo!はAOLに買収されて現在に至っています。
これらのハイエンドな3Dモデリングソフト以外にも、操作性を簡略化して誰もが容易に編集できる廉価版もしくは初心者でも使える3Dモデリングソフト等もこの時期にたくさん登場しています。
実際に家庭用3Dプリンターで出力するにおいては、そこまで高精細/高度なモデリングデータが必要ではありません。そのようなことからもハイエンド向け3Dソフトを提供していたAutodesk社からも、家庭用3Dプリンター向けのデータオーサリングを目的とした簡易的な3Dモデリングソフトがいくつか発売されます。中でも有名なのが、Autodesk社が提供していた123D Design。デスクトップ版アプリ、Webブラウザ版、モバイル版などの提供を行っていました。
3Dスキャナでなんでも簡単スキャニング
いくら3Dソフトの操作が簡単になったとはいえ、なかなか誰もが容易に習得できるものではありません。そんな時に誰もが思うことは、実際の物をスキャニングできればよいのになということでした。
そのようなニーズを背景に、3Dスキャナーも数多く登場します。ハンドヘルド型の3Dスキャナーや、デスクトップ型の3Dスキャナー、マイクロソフトのキネクトを利用した物等、様々な3Dスキャナーが登場しました。
このように誰もが手に入れられる価格帯の家庭用3Dプリンターが一気に市場に登場してきたのに合わせて、データ共有サイト、データ編集ソフト、3Dスキャナー等のように、ハードとソフトが一気に絡み合って3Dプリンティング市場を盛り上げていきました。
その他の関連サービス
この当時世界中の誰もが思いつく物として、3Dプリント版写真館というビジネスモデルが登場します。街の写真館のように、お店に訪れて3Dスキャナで身体データをスキャニングしてもらい、そのデータを3Dプリンターで出力してフィギュアを作ります。
当時国内では表参道に「OMOTE 3D SHASHIN KAN」が期間限定でオープンして話題になりました。同じ時期に、実際の書籍を持ち込んで電子データ化する業務を請け負う自炊ショップなるものがたくさん登場しましたが、似たような3D写真館のコンセプトショップも話題になりました。
結婚記念に夫婦の3Dフィギュアを作る等のある一定の需要はあったようですが、何分価格が高いこともあり、あまりはやらずにブームが過ぎさり、世の中に定着するまでには至りませんでした。
VC界隈も盛り上がる
もちろんこの盛り上がりをベンチャーキャピタル界隈も見過ごすわけにはいきません。
当時3D CAD DATA.COMを立ち上げた時、数社のVCからお声がかかり、出資検討の為の面談を受けたりもしました。
もちろんVCの面談は、100社をピックアップして、20社と面談して、10社に絞り込んで、最終的には1社に出資するもしくはどこにも出資しない、くらいの確率なので、面談の声がかかる程度はさほど珍しいことではないのですが、立ち上げて早々のまだ実績も出ていないウェブサービスにまでVCが面談を申し入れてくるほど、当時の3Dプリンティング市場は盛り上がっていました。
キムタクも3Dプリンター
ところでちょっと余談ですが、当時2013年の10月からTBSで放映されていた木村拓哉さん主演の「安堂ロイド」というドラマを覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
ドラマの正式タイトルは「安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜」。
このドラマの中で、主演の木村拓哉さん演じる安堂ロイドは、3Dプリンターならぬ5Dプリンターで時空を行き来していたとか?
このドラマ放映以降、3Dプリンターは下火となってますが、AIは今まさにこれから盛り上がろうとしている最もホットな領域でもあり、その点ではこのドラマの着眼点はなかなかの物だったのではないでしょうか。AIをドラマ中でどのように扱ったり表現していたのかは知りませんが。
当時2013年は国民的スター、キムタクですら3Dプリンターに絡めてラブストーリーを演じるというくらい3Dプリンターは盛り上がっていたんですね。
第一部のまとめ
2013年に突如降ってわいたように起こった3Dプリンターブームは、偶然に興ったのではなく、それ以前から存在した技術やFDM様式の特許切れ、RepRapPJの成熟や、クラウドファンディング等新たな資金調達方法の登場等が、モノづくりブームに重なり一気に世界中でブームが起こりました。
そこに3Dプリンター、3Dスキャナ、フィラメント、データオーサリングソフト、データ共有サービス等のプレーヤーが多数登場し、人々と市場の期待を一身に背負ってグローバル規模でムーブメントを起こしたのでした。
次回第二部は「重要特許切れで市場が爆発的拡大って言ってたじゃん?」です。