4月7日(月)にキックスターターに登場した小型の家庭用3DプリンターThe Microは、わずか24時間程度で1億円もの支援金を集め、6日後の4月13日時点では、なんと2億5千万円以上の支援金となっています。これまでも数多くの3Dプリンターが登場してきましたが、The Microはなぜここまで注目されているのでしょうか?
そのヒントは、The Microがキャッチフレーズとしている「真にコンシューマー向けの3Dプリンタ」というものが言い表しているかもしれません。2013年は数多くの家庭用3Dプリンターが登場し、多くのユーザーの元に届きました。家庭でも3Dプリントができる感動をみんなが味わったと思いますが、それと併せていくつかの不満もあったと思われます。これらの不満に真正面からアプローチしたのがThe Microであり、それが「真にコンシューマー向けの3Dプリンタ」というキャッチフレーズです。ではその不満とは何でしょうか?
- 価格
やはり一番の不満は価格かと思います。これまで数百万円もした3Dプリンターが、数十万円で買えるようになったと言えど、数十万円も出すなら、このような物に興味を示すクラスターには、スマートデバイスやウェアラブルPC等、その他にも欲しい物が次から次へと登場しています。そん中、2万円と言われればこの価格を否定できる人はいないでしょう。
- デザイン
既に2万円程度の3Dプリンターは存在しています。しかしそれらは組み立て式であったり、デザインにおいても粗野な物が多く、値段相応のデザインでしかありませんでした。それらと比較すると、The Microはデザインにも優れ、カラーバリエーションは5つも用意しています。
- 大きさ
これまでの家庭用3Dプリンターはそれなりの大きさで、かなりの場所をとる物が大半でした。大き目の造形物を出力するには、それ相応のプラットフォームのサイズが必要となり、その結果3Dプリンター本体のサイズは大きくなってしまいます。しかしそれなりの大きさの物を出力しようとした場合、数時間、場合によっては10時間以上もかかる場合があります。数時間動かしていて、途中で出力エラーということもあります。フィラメントの量もかさみます。そのような中で、そこまで大きな物を頻繁に造形することはあまりない、ということにみなさん気付いたのではないでしょうか。
ということは、造形物の大きさよりも、3Dプリンターの小ささの方が重要と感じるようになってきました。
- フィラメント
これはThe Microにおいて特筆すべき点です。大ヒットした3D SystemsのCubeは専用カートリッジ式の3Dプリンターとなっており、これが非常に評判の悪いものでした。1つのカートリッジにはフィラメントが350グラム程度しか入っておらず、それで6,300円もします。ちょっとした物を1つ作るだけでもフィラメント代だけでも数百円もしてしまいます。こんなにコストパフォーマンスが悪いと、造形で失敗することもできず、気軽に何でも出力してみようという気分にはなりません。
この課題に対して、1kg3,000円程度の市販のフィラメントをCubeで使うためのフィラメントハックまで登場し、多くのCubeユーザーが試しました。しかしこのフィラメントハックもファームウェアがver.2.05になってからは使えなくなってしまいました。そう、3D Systemsは蛇口を安価で提供して、水代で稼ぐ水道モデルを徹底しています。カラープリンターとインクで悪名をはせたあのビジネスモデルをそのまま3Dプリンターに持ってきました。カートリッジで稼ぐビジネスモデルです。最近評判の家庭用3Dプリンターダヴィンチも同様の専用カートリッジモデルです。
しかしそのモデルに真っ向から挑んだようなThe Micro。もちろんThe Microの専用フィラメントを使うのですが、通常の市販のフィラメントも問題なく使えるようです。そのための外部ポートを設けており、そこに市販のフィラメントを差し込んで簡単に使えるようになっています。むしろ市販のフィラメントでも便利に使えるように配慮されているのです。
これは、これまでの3Dプリンターが、市販のフィラメントを絶対に使えなくしていたのとは真逆のアプローチで、非常に評価できることなのではないでしょうか。しかも本体価格はCubeが17万円なのに対してThe Microは2万円(キックスターター価格)。ABSやPLAに加えてナイロンや Chameleon等の素材も使えます。
- ソフトウェア
たいていの家庭用3Dプリンターは箱から出してから、各種の設定が必要になります。造形プラットフォームを水平にしたり、プリンターヘッドとプリンターパッドの距離の設定やプリンターヘッドの温度を設定したり。しかしThe Microはプリントヘッドを水平にする自動水準測量機能とオートキャリブレーション機能を有しており、またプラグアンドプレイで各種セットアップ等も最小限となっています。
付属の専用ソフトウェアは、クリックやドラッグ等で簡単に操作することができ、初心者にも非常にやさしい設計です。また上級者向けには、オープンソースのモデリングソフトからの出力も可能で、対応ファイルはstl以外にもobjをサポートしておりLinuxもサポート予定となっています。
- 積層ピッチ
3Dプリンターの造形品質を語る上で重要な積層ピッチは0.05mm。Cubeが0.2mmということを考えると、0.05mmがいかにすごいかが分かると思います。恐らくこれは造形サイズが小さいThe Microだからこそ製品コンセプトとして合っているのかと思われます。
もしこれが大きなサイズも造形できる3Dプリンターなら、0.05mmで造形するとなると、かなりの時間がかかってしまいます。例えば、積層ピッチ0.2mmで造形したデザインデータが5時間かかった場合、それと同様の大きさの物を出力しようとすると、4倍の20時間もかかってしまいます。プリンターヘッダーの動きのスピード等もあるので単純に比較はできませんが、それでも数倍の時間になってしまうでしょう。
- 欠点
ここまで見ると、まさに最強/最高の家庭用3Dプリンターですが、欠点はないのでしょうか?キックスターターでの199ドルで購入できる250個の枠は既に埋まっていますが、実際の一般販売価格はいくらくらいになるのでしょうか?299ドル(3万円)以内であれば非常に評価できる価格ですが、まだ詳細は発表されていないようです。ちなみに海外への送料は50ドル~75ドル程度とのこと。
製品の発送時期は、キックスターター等の一つの課題でもありますが、かなり先となっています。299ドル枠のメンバーには2014年11月。199ドル/249ドル枠のメンバーには2015年2月となっています。来年の2月となるとかなり先ですよね。その頃にはMicroよりも魅力的な3Dプリンターが登場しているかもしれません。
しかし最速で入手できる899ドルの支援枠は、2014年8月発送となっています。この最速入手価格899ドル(約9万円)は、3Dプリンター本体以外にもフィラメントやその他の特典も付いているので、この値段が市販価格の参考になるかはわかりませんが、もしかしたら199ドルという価格は、プロモーションの為の価格ということもありえるかもしれません。
しかし全世界に199ドルというインパクトで登場したThe Microが、一般市販価格が5万円以上となってしまっては、おそらくその魅力は半減してしまって、通常の3Dプリンターの中にうもれてしまうでしょう。そう考えると、やはり299ドルくらいを期待したいところです。
また3Dプリンターで重要な物は使い勝手。よくあるフィラメント詰まり等の出力失敗等はどれくらい起こるのか、それともほとんどないのか、その辺も気になるところです。
しかし価格をここまで下げて、且つ水道水モデルでないThe Microで彼らはどのようにして収益を出していくのでしょうか?
The Microを製造販売するM3D社の創業者デイヴィッド・ジョーンズ氏は「3Dプリンターが安価になり、たくさんの人の手にわたったときにどういうことが起こるのか。われわれはその可能性の表面をかすったにすぎない」と語っています。
現時点で公開されている情報で判断する限りにおいては、総合的に最強の家庭用3Dプリンターかと思われます。しかし何故日本からはこのような製品が出てこないのでしょうか?
特に新しい技術や高度な技術を採用しているわけではなく、やはり製品コンセプトの作り方や、この値付けで売れるビジネスモデルの設計、プロモーションや売り方の戦略等が長けているのではないでしょうか。
この品質/価格を実現するに際しての収益モデルはどのようになっているのか?このような製品が登場してくる背景には、多くのVCや技術者等を中心としたシリコンバレー等のエコシステムは言うまでもなく大きく影響していると思われます。そう考えると、日本はまだまだアメリカから数周遅れたような環境にあるのかもしれません。